開高健 記念館
1時間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。
3日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。
8日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。
永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。
開高健は、1930年12月大阪に生まれ、1989年12月逝ってしまった。
この間、1958年「裸の王様」で芥川賞受賞をはじめ多くの賞を受賞した小説家である。また、1964年ベトナム戦争に従軍し戦地取材。「ベトナム戦記」を書き、「フィシュ・オン」等多くの釣りエッセイを刊行し、世界を食べ尽くし、世界を股にかけた釣師である。疾風のごとく駆け抜けた自由人である。
1974年に茅ヶ崎市東海岸に仕事場を完成、移り住んでいた。現在この建物は2003年4月、「開高健記念館」として開放されている。
開高健の記念館の情報は「開高健記念会」のホームページを
参照されると良いです。 URLは http://kaiko.jp/
2003年6月15日 訪館 開高健記念館がオープンしてまもなくの頃
「開高健 「闇」を凝視した男〜」展
2004年6月12日 訪館 2004年4月〜
「開高健 生物としての静物」展
京都 上七軒 お茶屋「梅乃」で遊ぶ。一見さんお断り。
紹介は、同期の塚本(兄)。
一見(いちげん)さんお断りとか、風習とか聞いてみると、女将さんだったか「梅葉」さんだったか、・・・
お茶屋、置き屋は、女性の世界。信用できる人しか対応できない。紹介してくれた人が保証人みたいなもの。飛び込みには対応しないのが習わし。仮に料金を踏み倒そうなんて人が出てきたら、そのお代は紹介した人に行くようになっている。もちろん料金表はない。後日、請求書が名刺の宛先の自宅(会社)に届くシステム。なので、紹介されたらその場で名刺を渡し、一度利用すれば、その後は、一見でなくなるので、単独で行っても良いし、友人を連れて行っても良い。
ざっくり費用とかを聞いてみると、細部は詳しく聞かなかったけれど、舞妓さん一人に座敷や宴会場に来てもらうとすると、置き屋を出てから置き屋に帰り着くまでの料金。大勢で利用しても、一人で利用しても同じで大勢で利用されると一人当たりは安くなるのでは?と。それから、今はビジネス接待とかで利用されるらしいけれど、昔は、お大臣(旦那はん、利用者)が、今度、いつ行くから宜しくとお声がけがあれば、駅などへのお迎えから、お帰りの駅までのお送りまで、すべてお店が段取りして、くつろぎ、楽しんで帰って頂いた。その場で料金の話なんかしない。いわゆる「いけず」、無粋もののすること。後日、これだけかかりましたと請求書が回される仕組み。置き屋さんは、お部屋、「舞妓」、「芸妓」、「地方」(三味線や太鼓等)さんらの手配、お食事等のプロデュースすべてアレンジするのが習わしだったとか。行儀見習いの「しこみ」さん、芸を学びながらお座敷で踊る「舞妓」さん。襟替えといって、独り立ちできるようになったら「芸妓」さんに。「舞妓」さんまでは住み込みで、食事から習い事、衣装まですべて置き屋さんが面倒をみる。「芸妓」さんになったら、自前。感じとしては「舞妓」さんは、育ててもらいながらの置き屋の従業員。「芸妓」さんは個人事業主なんて感じだろうか。
一度目は、塚本(兄)と舞妓衆と食事会。二度目は事務員の藤井さんとお座敷へ、三度目は、塚本(兄)、通信士の天野さん、事務員の藤井さんとビアガーデンの後、カラオケ。
ちなみに、料金表がなく後日払いは、少し怖いけれど、予約するときに、行く人数、予算とかちゃんと伝えれば、それに対応するように段取りしてくれます。